かつては湯治客や団体客などが多く、昼夜を問わず活気にあふれていた温泉街。川の両岸には旅館がずらりと並び、飲食店や夜のスナックもにぎわいを見せていたといいます。時代は移りゆき、その数は少なくなってしまいましたが、杖立にはいまも現役バリバリ、新しい客をも惹きつけ続ける店がありました。できれば旅のはじまりも終わりも杖立の店を堪能してほしい!
つまり、昼も夜も杖立を満喫するには、泊まりが正解です。


宿で夕食を楽しんだあとは、杖立の夜をやさしく照らす「洋酒・喫茶 BON」へ(下)
参考プラン
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杖立温泉
観光協会 -
食堂こまつ
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足湯
「御湯の駅」 -
むし場
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杖立
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洋酒・喫茶
BON
変わらぬおいしさを、生み出す名店
杖立に足繁く通う人がいるのは、いまもここにしかない味が確実にあるから。大きな牽引力となっているのは「食堂 こまつ」でした。創業60年近いいまなお人気は不動。丼もの、麺もの、定食…いわゆる町食堂らしいメニューはどれもお手頃価格で、麺も注文ごとにゆで、野菜も注文ごとに炒める。手間を惜しまずかけているので、何気ないメニューにみえても、満足感が桁違いです。
いつも大忙しの店を切り盛りするのは2代目の小松久純さん・圭子さんご夫婦です。「もう杖立は昼はうちしかやっとらんけんね。昔はもっとたくさんあったんやけど、高齢化やらで、どんどん店を畳んでしまって。うちは主人のお父さんの代からはじめた食堂で、最初は丼ぶり、ちゃんぽん、ラーメンとかを出していた小さな店で。それから一度改築して大きくしたんやけど、いまは夫婦2人になったから、7年前にまた改装してちょっと規模を小さくしたとよね」。




「食堂 こまつ」の人柄を感じさせるエピソードをひとつ。帰られるお客さまに対して、厨房からびっくりするくらい大きな声で「ありがとうございました!」とお礼をいってださるのです。その一言に込められた誠意。清々しい町定食の原点、ここにありという感じで、とにかく元気をもらえます。実はご主人の久純さん、以前は観光ガイド「みちくさ案内人」を担当されたり、「杖立温泉感謝祭」の出しものの劇に、劇団員のひとりとして長く参加されたり(納得の声量!)と、地元への愛情がひと一倍深い方でした。
「昔は浄化と強化(肺や気管支)を目的に湯治に来られる方が多く、杖立は栄えていった。こんな谷あいの街に以前は30軒ほど飲食店があったと聞いてます。昼の食堂は一軒だけになってしまったけど、何とか杖立のお昼を支えていきたい」。
多幸感に包まれる “杖立の夜”
の宝もの

夜のとばりがおりて、川沿いにぽつぽつ灯りがともりはじめる頃。風情ある温泉街の夜に、さらに彩りをあたえてくれるのが「洋酒・喫茶 BON」で過ごすひと時です。「BON」と書かれたレトロな扉をひらくと目に飛び込んできたのは、深い飴色のカウンター、ワイン色のベロアのボックス席、びしっと整列された洋酒のボトル…スナックというより、古きよき時代のバーといった印象をうけました。


創業は1970年。創業者は、ママである穴井万寿子さんのご主人でした。1980年にママと結ばれて以来、この街の“おしどり夫婦”として杖立の夜をあかるく照らしてきたおふたり。そんな愛するご主人が2008年に亡くなられてからも、ひとりお店を開けてきたのは、「ご主人が愛した店をなくしたくない」という強い思いがあったから。忙しいときはご友人に加勢してもらい店を経営してきたそうですが、2016年には娘の志保さんがアメリカから帰熊。母娘で迎える「洋酒・喫茶 BON」としてあらたな舵をきりました。
「アメリカには10年住んでいましたが、熊本地震があったこともあって、そろそろ母を支えたいと帰ってきました。とはいえスナックは初体験なので、お客さまに色々教わりながらなんとか。ママはやっぱりすごいです(笑)」。恥じらう笑顔が素敵な志保さんにそんなことを言われたら、ついお酒をすすめたくなってしまうのですが…志保さんは下戸でした(ソフトドリンクでお付き合いいただけるそうです)。
実は「BON」には秘密の食事メニューがあるそうで、「父から味を受け継いだ“ナポリタン”と“豆腐ステーキ”です。こちらも是非、お酒と一緒に味わっていただきたいですね」と志保さんが教えてくれました。
これまでは地元客7割、観光客3割というバランスだったそうですが、今や「遠くても行きたい店」の代表格に。「最終目的地=BON」のために、杖立に泊まりにくるご新規さんが増えているんだそう! 母娘のカウンター越しの気取らない会話、人懐こい笑顔とこまやかで抜かりない立ち振る舞いを見ていると、「杖立でしあわせな夜を過ごすこと」が確約されている気がするのです。

写真は“玉露フィズ”。カクテルは万寿子ママがつくってくれる。