熊本県と大分県の県境に位置する杖立温泉街は、昭和の初期から中期頃、「九州の奥座敷」「福岡の奥座敷」と呼ばれ、特に賑わっておりました。旅館名に付されているように「肥前」「肥後」「葉隠」「日田」等、九州各地から人々が集まり、射的やパチンコ、スマートボールなど… 新しい遊びをいち早く取り入れ、ハイカラで粋なライフスタイルが実現されていたのです。地域としては熊本県阿蘇郡小国町の一部でありながら、杖立を「杖立町」と勘違いされるお客様もいらっしゃいます。というのも、長い歴史の中で杖立独特の文化が生じ、それはまるで独立した1つの「小国」のように見えるからかもしれません。


バブル期以降、お客様が少なくなりはしましたが、当時の教訓を活かし、生活に根付いた適正規模のまちづくりを目指し、推進しております。限られた資源である温泉をしっかり守っていくこと、そして、お客様に静かにゆっくり楽しんで頂けること、そういうことを念頭に置きながら、まちづくりを進めております。
近年においては、昭和期の名残りがそのまま残る路地裏の雰囲気に魅力を感じるお客様が増えてきております。素朴な生活感の中にある長年増改築を重ねた不思議な空間を、カメラ片手に散策される方も少なくありません。杖立では、路地裏のことを「背戸屋」と呼び、年に一回の「背戸屋祭り」の開催や、背戸屋を1つのギャラリーとして見立てる「ギャラリー背戸屋」の試みも行っております。実は、井上陽水氏の名曲「リバーサイドホテル」は、杖立のとあるホテルのことを歌っていたり、つじあやの氏の「風になる」のPV撮影に使われたり… 近年でも多くの文化人が訪れ、その不思議で静かな時間の流れを気に入ってくださっています。
杖立温泉の歴史は1800年の昔にさかのぼります。神功皇后が当時の新羅に出兵を行った際のこと、亡くなられた仲哀天皇の御子をみごもっておられた皇后は、戦いが終わり筑前の宗像まで引きあげたところで産気づかれました。その時現れた白髪の老人が「これより東南に川をさかのぼると霊泉がある。これを汲み産湯に用いれば皇子は千歳の寿を保たれるであろう。」と告げて消えてしまったそうです。そこで付き人は、険しく続く山々越え、この地に達し、中龍頭に似たおおきな岩窟から立ち上る一筋の湯気を見つけました。これを汲み取り、皇后のもとへ持ち帰り、産湯として奉ったのです。こうしてお生まれになったのが後の応神天皇であり、この霊泉こそ杖立温泉だったと伝えられています。
「杖立」という地名についても、不思議な言い伝えがあります。平安時代の初めの頃、旅の途中で訪れた弘法大使空海は、温泉の効能にいたく感銘されたそう。そして持っていた竹の杖を立ててみたところ、節々から枝や葉が生えてきたのが、その名の由来とか。また、杖をついて湯治にやってくる病人や老人も、帰る頃には杖を忘れるという、温泉の霊験をたたえた由来もあると言われています。
■泉質:弱食塩水
■温度:98度〜100度
■適応症:リュウマチ、皮膚病、神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、うちみ、くじき、慢性消化器病、痔疾、冷え性、病後回復期、疲労回復、健康増進、切り傷、やけど、肥満病、美肌作用
■禁忌症:発熱時、飲酒後、悪性腫瘍、貧血、重い心臓病、呼吸不全、腎不全、出血性疾患、妊娠中(初期と後期)